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2005年1月

新ユニフォームについて

ニュースソースは捜さなくてもゴロゴロ転がってるので敢えて貼りません。
というか、貼る気にもならない・・・

もうね、アフォか、ヴァカかと。
あのでかすぎる明朝体ロゴ、ダサッ!やっつけ仕事にしかみえんよ。
腕のレボリューションイエローのライン・・・・あれじゃ週番じゃねえか。
脚のラインはもうジャージそのものだし。
それにFUKUOKAはどこへいったんだよ。
しかしまぁ2ヶ月前にはこんなことも書いとったんですなぁ・・・すっかり忘れてた。

それからファンクラブの告知はいつからやるの?
なんかユニみた瞬間更新する気が急速に萎えつつあるのも事実だけど。

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監督会議

王監督音頭取り「飛ばないボール」で前進(ニッカン)
王さん「飛ばないボール」導入に前向き(日刊スポーツ九州)
「飛ばないボール」使用を確認(デイリー)

飛ばないボールっていう表現、なんとかなりませんかねぇ。飛びすぎないボール、もしくは普通の飛び方をするボールの方が正しいと思うのですが。いっそのこと、「まともな飛び方をするボール」略して「まともなボール」でもいいですよw
で、会議の結論自体は当然の帰結といえると思います。まぁ煮え切らないNPBやリーグに対して、王さんの一声で決まってしまうあたりはさすが王さんというべきか、NPBしっかりしろというべきか・・・。
しかし、反発係数よりも、縫い目が高くなることによって空気抵抗の関係から変化球のキレがよくなりすぎるのではないか、とか指のかかりが良すぎて変化がつきやすくなるとか、マメが出来やすくなるとか、そっちの影響がどうなるのか興味ありますねぇ。

あと、パのストライクゾーンが狭すぎるという意見が出たとか。やっと取り上げてくれたか。これでコデライクはどうなるのか興味ありますな。まぁ彼の場合は可変性オーバーアクションストライクゾーンだから広いとか狭いとかの問題じゃないかw

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オリックスと近鉄が移籍補償金をめぐり銭ゲバ?!

大村の補償金めぐり バトルぼっ発(スポニチ)
大村補償めぐりオリ近に異変(ニッカン)
1億4000万円誰のもの? ソフトバンク大村FAでの金銭的補償(スポニチ大阪)
近鉄補償金うちのもの~大村の金銭補償めぐり”内輪メモ”~(中日スポーツ)

(・∀・)ニヤニヤ

まぁ今初めて思ったわけじゃないですけど、あらためて
オリックスという会社は、図々しいですねぇ~~
そもそも移籍補償を求めること自体がおかしいわけで、まぁ両社とも勝手にやってろって感じですな。

それにしても中スポの「内輪メモ」。ワロス
って書いたら、いつのまにか「内輪モメ」に直してある・・・。

ところで、「パリーグ」でRSSリーダーを検索していたら、井手らっきょのブログを見つけました

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人的補償はナシ!!

オリックス、人的補償求めず(スポニチ)

とりあえず、ひと安心です。

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球場名と球界改革と

★構造改革問題

選手会、経営側ドラフト改革で紛糾(日刊スポーツ)

 労組・日本プロ野球選手会(古田敦也会長、39=ヤクルト)と12球団代表者が球界問題に関して話し合う、第1回プロ野球構造改革協議会が25日、都内で行われ、球界の諸問題について議論が交わされた。最初の議題となったドラフト改革については、選手会側の意見がほぼ一致しているのに対し、経営者側はバラバラ。「戦力均衡か」「共存共栄か競争か」など球界の理念が議論の中心となったが、経営者側から「前途多難」も噴出。球界改革は先行きが見えない、険しい船出となった。

NumberWebより

完全ウェーバーに対して反対しているのは
読売、ソフトバンク、広島。
そのうち、読売とソフトバンクは自由競争であるべきと主張。広島は完全ウェーバーとFAが短縮がセットになっており、選手の流出が進むことを懸念しての反対。
その他の球団は各論では完全ウェーバーによる新人選手のメジャー流出の懸念などの問題は挙げつつも、各球団が抱える財政状態の改善と戦力偏在の解消を目的にを大筋で賛成に回っているようだ。

確かに完全ウェーバーを実施しているアメリカの状況を見る限り、それによって戦力の均衡や年俸の抑制が実現しているとは言いがたいのは事実だ。だからといってこの状況を放置しておくわけにもいかない。まずは新人獲得競争における裏金や法外な契約金など明らかに無駄金と思える部分をどうやって解消するのか、対案が必要だ。たとえばサラリーキャップの導入などの提案があってもよいと思う。選手会とのせめぎあいは激しくなるだろうが、そうなってこそ議論というものだろう。
また、読売やソフトバンクが資金に余裕があるのはいいが、それについてこれない球団が大半であるのに、共存しようという意思はないのだろうか。ナベツネが吼えていた頃の議論に戻ってしまうが、相手があってこそのNPBだ。
もしも、NPBを壊してアジアやメジャーとリーグを作っていくのであればそれを前提にしていることを明らかにして議論を進めるべきだ。孫オーナーは言ったはずだ。公明正大、正々堂々と王道を歩く、と。

今のところ、ホークスファンから孫批判、ソフトバンク批判はあまり出ていないが、ちょっと引いてしまうような話が続きすぎている。このままだと、今までとは違ったスタンスを取らなきゃならない日が来るかもしれない・・・。

★福岡ドームがYahoo!Japanドームへ
福岡ドームの名称がYahoo!Japanドーム(略称:ヤフードーム)に変更されることが決まった。
福岡ドームの名称を変えること自体には何の抵抗感も違和感もないのだが、ヤフーの名称はつい数ヶ月前までGS神戸に使用していたのに、いきなり今年は福岡ですと言われても・・・という気はする。
でもまあどうせ土鍋ドームって呼ぶからどうでもいいかw

追記
構造改革問題でサラリーキャップ提案汁!って書きましたが、一応議題になったみたいですね。新聞記事からは読み取れなかったんですがTeam Sonokawaという、とっても格がありそうな名前のサイトによりますと、年俸制度についても一応俎上にはあがったようです。どれぐらい議論のウェイトが置かれたかは分かりませんが。

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井口やらFA人的補償やらいろいろ

ネタ枯れのオフシーズン、それでも井口のホワイトソックス入団が決まったとか、大村をFA獲得したことによる檻牛への人的補償は、プロテクトはどうなるのとかまぁそれなりに話題はあるわけですが、どれも、個別に書くほどネタがあるかというとそうでもないので、まとめて書いちゃいます。

まず、丼こと井口。
ニュースソースとしてはデイリーニッカンサンスポ毎日読売朝日日刊九州
デイリーを読んでると、「出場機会」が決め手になったとか、「地元で井口待望論が起きた」とか、期待をもたせる記事が書いてあるわけですが、メジャーの事情には全く詳しくありませんが、そう甘いもんでもないだろうという気がしますね。松井稼頭央や田口壮の苦労振りをみても、日本人野手はメジャーでは苦労する、イチローやゴジラは別格という感じがしますしね。
どっちにしても頑張っては欲しいけど、もうどうでもいいというか、エロ高塚との密約を盾に出て行った人には惜別の念すらも沸かないのが実状だったりする・・・。まぁこれもホークスに残って欲しかったがゆえの感情なんでしょうけどね。

次に、人的補償。こちらはプロテクト選手のリストが非公表である以上、なんとも言えませんね。分かっていることは、プロテクト選手はほぼ去年の1軍選手であるという王監督の発言と、オリックス側は金銭補償を望む一部経営者がいるものの、現場サイドはやはり人的補償を希望しており、特に投手を希望していること(新聞記事と両チームの状況から)ぐらいですかね。そうすると、去年、一軍と二軍をさまよったボーダーラインの投手、昨年不調で一軍で投げなかった一軍クラスの投手、ということで吉田、水田、田之上、永井、松といったあたりの名前が出てくるわけですが、あるいは一軍経験のない投手数名を放出なのかもしれませんね(まぁこれだと向こうが納得しないかも)。
もし田之上がプロテクトされてないとすれば、彼が良かった頃はは対オリックスには強かったので、いいイメージが残っていることによって、彼を指名してくるかもしれません。
以前、"パラシュートボール"の土井がオリックスだけには通用していて、彼が自由契約になると、獲得した、なんてこともありましたしね。

さて、今日は、NPBと選手会によるプロ野球構造改革協議会が開催されているわけですが、多分目新しい話題はないだろうなぁ・・・・。

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ホークス、城島のメジャーキャンプ参加を見送りへ

日刊スポーツ九州

孫オーナー、城島翻意させた!

 ソフトバンク孫正義オーナー(47)のツルの一声が2月のメジャーキャンプ参加を希望していた城島健司捕手(28)をあっさり翻意させた。19日、福岡・前原市内で行われたチームの懇親ゴルフに参加した孫オーナーは「ファンのために優勝しなければいけない。(キャンプは)チーム一丸となってやり、最後の調整を頑張ってほしい」と発言。オーナーの意を受けた角田球団代表がこの日夜、城島に電話で意向を伝えると、城島も「わかりました」とあっさり陥落した。

この記事だけを見ると、城島はメジャーキャンプ参加を強硬に主張していたのだが、意外とあっさり陥落したかのような印象を受ける。だが、実際は、「そういう希望はあるが、あくまでも球団が決めることであるし、要である主力捕手が長期間抜けていいのかという思いもある」というコメントを残しており、はじめから球団に下駄を預けていたに過ぎないのだ。

去年、中村ノリがメジャーキャンプに参加していたが、批判が多かったように思う。
春季キャンプは連携プレイなど、チームとしてのまとまりを完成させるためにやるものだから、これを抜けて他のチームのキャンプに参加するのは意味がないような気がするのだが。まぁメジャーのふいんき(なぜかry)を味わうと言う意味に限定すれば意味ありなのかもしれないが。

その意味で、角田-王会談の結論は至極当然だと思う。

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花粉症

ココログトップページの「話題のキーワード」に「花粉症」が表示されてる。
これは花粉症と付き合いだして既に20年以上になる自分に花粉症について書けとニフティが言っているに違いない!と勝手に解釈して、それについて書いてみようと思う。

自分が花粉症とわかったのは昭和56年、12歳、小学6年生の時だ。正確に言うと、その当時「花粉症」という言葉自体はなくて、スギ花粉が原因のアレルギー性鼻炎であることがわかったのだ。しかし、この12歳の時に初めて発症したかどうかは実は定かではなくて、おそらく9歳ごろには既に罹っていたように思う。ただ、「アレルギー」とは気づかず、単なるハナタレのクソガキだと我ながらに思っていたように思う。9歳のときはウィルス性の結膜炎が流行していたのだが、そのときやたら目が痒かった記憶があるので、その頃には罹っていたのではないかと思うのだ。
で、12歳の時に同じクラスの人がハウスダストによるアレルギー性鼻炎と診断されて、話を聞いていると自分にも当てはまる症状が多いので、気にするようになって、注意してみているとその頃からスギ花粉によるアレルギーがぼちぼちテレビで取り上げられるようになり始めた時期だったと記憶している。
それで自分も耳鼻科に行ってみると、左腕に注射をして(今思えばアレルギーテスト)、「アレルギー性鼻炎だね。鼻の喘息。」といわれて、やはりそうだったのか、ということになった。今だったらいろんなアレルゲンのアレルギーテストをするのだろうが、そのときはスギ花粉1本だけだった。
その日から週1回通院するように言われ、毎週のように紫色の液体の入った注射を打たれた。おそらく減感作療法だったと思うのだが、今のようにインフォームドコンセントだの何だのがやかましくない時代で、ましてや相手が小学生のクソガキとあっては、医者もそんな説明もするわけもなく、こちらもわけがわからないままただただ言われるがままだった。
しかし、自分が住んでいたところは田舎だったため、地元に耳鼻科がなく、通院していたのは隣町のさらに隣の町だったため、毎週通院しては3時間4時間待つのがあたりまえの状況では根気が続かず、いつのまにか通院を止めてしまった。もらった薬も大して効かず、症状の改善がみられなかったことも大きかったと思う。

それからというもの、症状の酷さは尋常ではなかった・・・。隣の家にはなぜか大きな杉の木が一本聳え立ってその花粉が布団や洗濯物についてしまうし、部屋の中にも容赦なく入り込んでくる。市販の点鼻薬で鼻詰まりを抑えていたものの、それもついつい連続使用してしまい、シーズン中盤には必ず効かなくなってリバウンド現象が起きて、のたうち回るような苦しさになる。そうなると当然夜は眠れない。

症状がやや軽くなってきたのは、就職して、東京に転勤になってからだ。都心部はやはり多少花粉の量が少ないからだろうか(一時期千葉県の工場内に職場が移っていたときは、以前ほどではないが再び症状が悪化した)。その時期に、脱点鼻薬を心がけるようにしてからは、リバウンドの苦しみからも解放されてなんとか生活できるようになってきた。もっとも、それも症状が軽くなったからできたことで、以前のような状態だったらどうしても点鼻薬に頼らざるを得なかった。
さっきも書いたように、病院に行ってもたいした症状の改善など無理とあきらめていたので、ずっと病院には行かなかったのだが、千葉県に職場があったときにほぼ20年ぶりに病院にいってみた。
そこでは初診にもかかわらずアレルゲンテストなどはなく、「花粉症なんですけど・・・」と伝えたら、「あ、ハイハイ」といいながら鼻粘膜の状態をみて、「ああ、こりゃ酷いね。こうなる前にこなきゃ」「ちょっと強めのクスリ出ときますから、眠くなるかもしれないから、車の運転はしないように」といわれただけで、あとは、20年前と同じように鼻洗浄をやって終了。いろいろ聞いた話では花粉症研究は20年の間に随分進歩して、神経ブロックだのなんだのという話を聞いていただけに、20年前とほとんど同じような内容にちょっと拍子抜け。というより注射は打たなかったから診察だけでいうと、それ以下だったかも知れない。
受け取った薬は錠剤とスプレー式の吸入外用薬と目薬。吸入剤は20年前に見たものと少なくとも見てくれはまったく同じ。「こりゃだめかもわからんね」と思ったのだが、錠剤が効く効く!多少からだの火照りのような(抗体と戦ってる?)ものがあったが、眠気はたいしたことにはならず、やはり医療は進歩したのだと実感した。吸入剤も使ってみると市販の点鼻薬のような刺激感もほとんどなく、鼻がす~っと通って来た。
そんなわけで、対症療法的には申し分ないことが分かった。

で、今年。
なんか物凄い量の花粉が飛ぶとかで、今年初めて予防的通院をしてみました。
こんどこそ神経ブロックとか出てくるのかなぁと思ったら、やっぱり同じ薬でした。
結局対症療法しかないのね・・・。

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コンプライアンス

いや~。元旦以来の更新です。
このところ仕事が忙しくて、早くも風前の灯の当ブログであります。

で、何が忙しかったのかというと、タイトルにも書いているとおり、コンプライアンスってやつですよ。いま流行りの。
ウチみたいな中堅会社でもやっぱりコンプライアンス体制の整備をやれってことになっちまったわけです。
まぁカッコはつくけどね。実際最初は上司も乗り気じゃなかったし、自分も、(普通にやってれば)これをやったからって会社が良くなるかっていうとそういうわけでもないし、いいかげんな体制つくったからって会社がダメになるわけでもないわけで、ウチみたいに全社員の顔と名前が一致するような会社は別にやんなくてもいいんでないの?って思うわけです。

だけど、もう世の中の流れっていうかムードがそれを許さなくなってきてしまったわけです。ISOと同じ。だ~れもあんなもん役にたっとるとは思っとらんのです。だけどとりあえず右へ倣えしとかなきゃカッコがつかない、ただそれだけなんです。

ここまで書いて、そんなこといったって三菱自動車やらコクドやら、昨今、企業不祥事は枚挙にいとまがないじゃないか!って憤慨なさる方もいらっしゃるでしょう。
うん、まぁそうだからそういうムードになっちゃったんだけど、別に改めて「コンプライアンス体制」だの「CSR」だのを作んなくったって、ごくあたりまえの遵法精神がありゃ法令なんて守るんですよ。それが出来てないわけだけど、そういう会社は叩かれて潰れていきゃいいんですよ。「ごくあたりまえの遵法精神」がはじめから通せない会社なんだから。
それにコンプライアンス体制作ったってダメな会社はやっぱりダメじゃないですか、三菱自動車みたいに。所詮お題目に過ぎないってことです。
タレコミ相談室制度だってNHKみたいに握りつぶして、結局あんなわけのわかんない内部告発されてるしw

まぁとにかく、今日社長説明でOKもらったので来週の経営会議で承認されて、来月からスタートってことで、一仕事一段落ってわけです。
そのかわり、社内報が手付かずで、締め切り過ぎてしまった・・・・。

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雪の元旦

あけましておめでとうございます。
地元で迎えた元旦は雪化粧となりました。P1010001

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