« 「60億円はこう使え!」に便乗 | トップページ | ガトームソン獲得 »

多村の「取説」入手へ

怪我が多いことで知られる多村。
2ちゃんねるのプロ野球板をはじめとする野球関係の板では「スペランカー」体質としてすっかりネタキャラ化していますが、今日の西スポのサイトを見ていたら1面のサブ見出しが「俺はスペランカーじゃない」になっていて笑ってしまいました。

また、日刊スポーツのWeb版を見るとこれまでの故障履歴やメディカルデータを横浜球団に提供してもらうそうです。さしずめ取説を譲り受けるようなもんですねw あ、「こわれもの注意」のシールももらっといたほうが(ry


(参考)
【2006年のスペ履歴】
4/4 試合前に「食わず嫌い王決定戦」収録で荒川静香と対戦。大嫌いなアンチョビパスタを食べさせられる
4/7 耳にデキモノ(炎症性アテローム)で39度の高熱。一打席だけ試合に出るが途中交代
4/9 4/8に出塁した際、帰塁時に首・肩を痛め、代打のみの出場。首の骨はズレてた
4/12-18 この期間はわずか2安打に終わる。強行出場か
4/17 左太腿に違和感をおぼえる。診断は内転筋の軽い肉離れ
4/19 試合前の打撃練習中、ファウルを打ち上げた際に左肋軟骨を挫傷。全治10日の診断
4/20 長期故障を危惧し、一軍登録抹消が決定
4/21 Yahoo!にまるでお悔やみのような写真の記事を載せられる
5/26 ゴッドハンドな整体師に体のずれを直してもらった翌日、両腿と脇腹の張りで途中交代
6/3 打球がバウンド変わってそれを追いかけた際に左足首ねんざ、途中交代
6/7 本塁への走塁の際、捕手と激突。捕手のひざを左脇腹に受け途中退場。左肋骨の7,8,9,10番の4カ所の骨折が判明し入院。左手薬指の靱帯も負傷。8日に出場選手登録抹消。復帰まで早くて二ヶ月との診断
8/18 二ヶ月ぶりに一軍復帰するが代わりに古木が二軍落ち
8/19 東スポに多村 江原啓之に霊視をお願い記事を載せられる
8/19 復帰2日目、自ら招待した視覚障害者の人たちのためにと決勝タイムリーを打ちお立ち台に上がるが、翌日腰痛でスタメン落ち
8/27 スタメン復帰4試合目、ベースランニング゙中に左足の内転筋に強い張りを感じたため途中交代
9/10 シーレで再調整のため今季3度目となる登録抹消
10/24 右腰に痛みを訴え、24日の秋季練習(ベイスターズ練習場)を欠席。病院へ行き、エックス線検査を受けた
10/30 右腰のヘルニアで、同30日に神経ブロック注射を受ける

【2005年のスペ履歴】
1/ 1 寒川神社に初詣に行き家族の健康などを祈願するが、自分が風邪をひいてしまう。
2/11 沖縄で野球教室を開き、肩に野球バックを掛けたまま何百人にサインした結果、左肩が内出血。
3/30 全試合出場を目標に掲げていたが、開幕直前にインフルエンザに罹り緊急入院。
   B型のインフルエンザ注射を打ったがA型に罹ってしまうという、ある意味強運を発揮し、開幕三連戦の出場を断念。
4/24 サードゴロを打ちヘッスラ敢行するもアウト。右肩負傷で途中交代。
5/6~7 GW中からの発熱を押して出場するも無理がたたり気管支炎に悪化し、欠場。
5/20 センターからバックホームの際、右肘を痛める。
6/4~5 痛めた右肘の影響か、DHとして出場。
6/14 自打球を右足甲に当て途中交代。
6/21 疲労をおして出場を続けるも、靴紐を結ぼうとした際にぎっくり腰を発症し、自宅休養。翌日登録抹消。
6/29 横須賀の練習場へ向かう途中、愛車が雨でスリップし、側壁に衝突。エアバッグの衝撃で左顔面と左肩を打撲。自分で119番し、
   検査のため緊急入院。翌日のスポーツ紙の一面を飾る。左肩関節挫傷・左外傷性複視・網膜震盪症と診断され、1ヶ月間棒に振る。
9/28 6月におこした事故の後遺症が出ていないかを調べる為、血管造影検査を受ける。
   異常は無かったが、検査後に体調不良を訴え欠場。

【2004】
2/27 ポスター撮影中にジャンプして右足関節捻挫
4/30 試合中、突然カゼをひいて退場→診療所で点滴
5/ 3 キャッチボールでぎっくり腰、登録抹消
6/ 5 フェンスに激突でセルフエルボー、途中交代
6/24 前日の試合で空振りした際に肩を痛めスタメン落ち
8/11 試合前の練習中に腰を痛めてスタメン落ち
8/28 ファインプレーをした際に膝を強打し途中交代
9/19 ストライキの際の握手会で左掌の炎症し、その後2日連続スタメン落ち
【2003】
5/14 左手親指のじん帯断裂で二軍落ち
8/ 5 腰痛で途中交代
8/11 左手首痛でスタメン落ち
8/22 脱水症状
9/15 肩痛でスタメン落ち
9/23 発熱でスタメン落ち
9/25 スタメン復帰、死球で途中交代
10/6 風邪でスタメン落ち。そのままスタメンに戻ることなく全日程が終了

【スペランカー伝説~序章~】
<中学時代>
体育祭のリレーで転倒。靱帯を痛めて救急車で搬送されたらしい。

<高校時代1>
プロ野球選手の甲子園伝説 1994年春の特集。以下抜粋。
(前略)1年前のセンバツ開会式の日は病院のベッドの上にいた。
ベンチ入りが決まっていたにもかかわらず、成長痛に見舞われ左ひざを痛めて手術。
「みんながうらやましいし、悔しいし、自分で自分を責めて泣いてましたね」
渡辺元智監督の計らいで甲子園球場に呼ばれ、外野の芝の上を歩いただけの甲子園だった。(後略)

<高校時代2>
以下プロ野球aiに載ってた記事の一部を抜粋。
「僕自身より、チームが勝てばいい。もちろん、一番の目標は優勝です。98年に優勝したときは、僕、手術して病院にいましたから」
さらにさかのぼれば高3の夏、横浜高の五番バッターとして県大会優勝を果たした多村は、
胴上げに加わろうとセンターから走っていく途中、足がつってしまい、歓喜の輪に間に合わなかった。
「みんなが校歌を歌っているのに、僕だけマウンドのところでうずくまっているんです。
しかもそれが、しっかりVTRに残ってる(笑)。
今度こそあの輪に入りたい、優勝したときにフィールドに立っていたいですよ」

|

« 「60億円はこう使え!」に便乗 | トップページ | ガトームソン獲得 »

パシフィックリーグ」カテゴリの記事

プロ野球」カテゴリの記事

ホークス」カテゴリの記事

野球」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/61790/13054975

この記事へのトラックバック一覧です: 多村の「取説」入手へ:

« 「60億円はこう使え!」に便乗 | トップページ | ガトームソン獲得 »