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卒業

丸12年間やってきた労働組合の役員を退任した。
もともと、退職する役員が出たので急遽セットアッパーのつもりで役員になったのだが、さっさと次につなぐつもりでいたのが、いつの間にか書記長までやる羽目になって、書記長時代には、リストラや賃金制度の抜本的な改定、会社の統合など難問をかかえることになってしまった。その時代はずっとバブル後の不況の時代だったので、いい思いをしたことは一度もなかった。いかに雇用を守るか、いかに賃金を維持するかに追われた時期だった。
書記長をやめてからはずっと財政担当だった。ウチの労組には専従がいないので、会計事務は仕事の合間か土日を使ってやるしかなく、結局は年度末にやっつけ仕事でやる状態が続いた。

企業内組合なので、まず会社あってのはじめての組合でしかなく、労使協調を基本線に据えてきたが、一部組合員は対決姿勢を求める者もいて、温度差を感じた。人数的にはごく一部なのだが、そういった人たちは声が大きいし、感情的、情緒的な議論が先行しがちなのでそちらに引っ張られることもあった。

一方で会社側はより一層ロジカルな議論を追求するようになってきて、定数的な議論しないと議論の俎上にすら上らないこともあって、その狭間で随分苦労した。

役員になったときが27歳。もうすぐ39歳。10年前に基礎を叩き込まれた頭はもう古い。もともと保守的な性向もあって、だんだん後から入ってきた役員とも温度差が出てきたし、もう潮時だった。
もとよりすぐやめるつもりでいたのが、後継者がいなくてズルズルとここまできてしまっただけである。

これからは組合の忙しい時期に出来なかったキャンプ見学や秋の連休も楽しみたい。

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