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脳死議論について

昨日、臓器移植法改正案が衆議院を通過しました。
これにより脳死を人の死として一般化するそうです。

これに対する自分の考えを述べます。


現在行われている議論のアプローチの仕方で人の死を脳死と決めることには断固反対です。


なぜなら、脳死を人の死とすることの目的がまず臓器移植ありきだからです。

つまり、人の命に優劣をつけて


回復の見込みのない生命は、移植によって回復の見込みのある生命より劣るから、消してしまっても構わない


という前提の上に成り立っている議論だからです。


人の命に優劣をつけるとは何事か。

まずそこから間違っている。


尊厳死の観点から脳死を議論することは大事なことだと思いますが、そうではなくて、移植をしたいから脳死を死と定義づけると都合がいいので法律を変えてしまえ、という議論の仕方は性根が腐っているとしか思えません。


移植推進を声高に叫んでいる中心勢力は外科医だと思いますが、彼らの主張は一見もっともらしく聞こえますが、実際はおのれの名声を上げるために実績を作りたいのがホンネなのではないかと疑っています。
一方、実際に死に直面する救急医は脳死に対して慎重というのも、そういう見方をより一層強く抱かせます。

そもそも、「死」の問題を医学的見地だけで議論することに危うさを感じます。もっと哲学的アプローチが必要なのではないでしょうか。

このような重大な問題を世論調査もなにもしないまま、国会議員だけで性急に決めてしまうことに強い憤りを感じます。

脳死問題に関して前の選挙で彼らに付託した覚えはありません。

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コメント

コメントありがとうございます。殺人事件が増えているのも、今日の人命軽視の風潮があるからだと思います。利己主義と個人主義の区別がつかない皆様が、社会を混乱に陥れているのです。正しいことが通らない世の中にしてはならないと思います。

投稿: しぶい はるお | 2009.06.19 12:57

>しぶい はるおさん
命の重みを天秤にかけるような試みにはどうあっても抵抗していかねばなりませんね。
命に優劣をつけるような動きはナチスのような障害者排除思想にもつながると思いますし。

投稿: 鷹飛車 | 2009.06.19 16:35

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